すべてはばあちゃんの仕事と生きがいのために

すべての人にどこまでも安全で、どこまでも美味しい食事を

福岡県うきは市に、日本中の注目を集める町があります。「浮羽町」という、高齢者の多い限界集落です。そこに設立された「うきはの宝株式会社(以下、うきはの宝)」の、他にないコンセプトと取り組みが、その注目の的なのです。うきはの宝は、75歳以上の後期高齢者であるばあちゃんたちが社員。高齢者が記者・カメラマンとなる「ばあちゃん新聞」の発行や、「ユーチュー婆」のプロデュースもしています。すべては「ばあちゃんたちに仕事と生きがいをつくりたい」という代表取締役社長 大熊充さんの思いから。そこでつくられる米粉でつくった「おかゆスープ」の誕生秘話を紐解きます。

後期高齢者に生きがいにつながる労働の機会を

「ばあちゃんたちに仕事と生きがいをつくりたい」
そのために設立したのが「うきはの宝」であり、その活動として開発した商品のひとつが「米粉と人参の おかゆスープ」だと、大熊さんは話します。

大熊さんはもともとデザイナーであり、デザイン会社の経営者でもあります。そんな大熊さんが、もうひとつの会社として「うきはの宝」を起業するきっかけとなったのは、交通事故での入院だったそうです。
4年間もの入院を余儀なくされる大きな事故で、働くこともできず、病院で心身共につらい日々を過ごすなか、力づけてくれたのが同じく入院していた「ばあちゃんたち」だったのです。
「もらった大きな恩を、必ず返したい」と考えた大熊さんは、退院後、限界集落に住む高齢者を対象とした送迎ボランティアを始めます。毎日のように高齢者を病院や商店に運ぶ中、「個人のボランティアでできることには限界がある。資金が尽きたり、自分が動けなくなったりで続けられなくなったら、またばあちゃんたちが困ってしまう」と考えるように。そこで、ばあちゃんたちに働ける機会を提供する会社の設立を決意したのです。

後期高齢者に生きがいにつながる労働の機会を

コロナ禍前は食堂を運営し、ばあちゃんたちの手料理を提供していました。75歳以上の高齢者がいきいきと働く環境であり、それが伝統的な家庭料理を楽しめる食堂でもあるということで注目を集め、日本だけでなく世界からもお客様が訪れていたと言います。
ばあちゃんたちも、外出して体を動かし、人と触れあう機会を得られ、健康的にも精神的にもプラスの影響があったそうです。さらに年金だけでは厳しい生活の支えにもなることができたと大熊さん。

「コロナ禍になり旅行と飲食は大打撃を受けました。食堂も例外ではなく、客数が激減しました。なによりうきはの宝は後期高齢者ばかりが働いています。感染で大変な事態になりかねない、とクローズを決断。そこで商品開発にシフトチェンジしたのです」

様々な制約を乗り越えて誕生した、米粉のおかゆスープ

さまざまな制約を乗り越えて誕生した、米粉のおかゆスープ

食堂と並行してさまざまな商品開発を行っていたうきはの宝ですが、米粉商品開発等支援対策事業の後押しもあり、米粉を使った商品の開発に注力するようになったそうです。もちろん、商品をつくるのはばあちゃんたち。そのため、一般的な製造現場とは違う条件や制約がありました。

「米粉を使ったパンやお菓子なども企画しましたが、実現しませんでした。米粉は水を含むと固くなる。とてもばあちゃんたちの力で捏ねることができないのです。力を使わず、それでいて米粉の特長を活かせるものを考えていきました」

さらに、若者と比べてばあちゃんたちはスピード良くたくさんの製品をつくることもできません。長持ちしない食材を使うと、材料が使い切れずロスにつながります。また、ばあちゃんたちの生産量で利益が出る商品でなければ、うきはの宝は存続できませんし、ばあちゃんたちにお給料を払うことができません。

簡易な製造工程であること。日持ちがするもの。利益が上がるもの。そして、体に良いもの。
そんなさまざまな条件をクリアしたのが「米粉と人参の おかゆスープ」だったのです。

「九州産の米粉に地元産の野菜を粉末にしてミックスする、というコンセプトは早々に決まりました。そこから地元のヤーコンやカボチャ、生姜などさまざまな野菜で試作。生産量が安定していて、万人に受け入れられやすい味になる人参に決定しました」

人参は一度ふかしたものを、乾燥させて粉末にします。水分量を減らすことで消費期限が長くなるからです。同様に、水分量を増やさないよう、塩以外の味付けはしていません。醤油・出汁などを粉末にしてミックスすることも考えたそうですが、どうしても水分量が増え、消費期限が短くなるためあきらめたそうです。なにより、配合する作業工程が増えるのがネックでした。

すべてはばあちゃんの「仕事と生きがいをつくるため」なのです。

もっとたくさんのばあちゃんのために、次のステージへ

こうして誕生したのが「米粉と人参の おかゆスープ」。お湯か水で溶くだけでスープとして食べることができます。料理をする元気がなくても手間をかけずにつくれ、養生食として使えるのがまずひとつの特長。

「乾燥された人参は栄養も味も濃縮されているので、そのままでも米と人参の甘みを感じられるやさしい味わいです。味付けを極限までしていないので、好みに合わせて青菜を入れたりとアレンジもしてもらえます」

道の駅やECサイトで販売するとすぐ売り切れたとのこと。購入した人の味や食感に対する感想や製造に対する反省を活かし、今後は改良を重ねていく予定だと大熊さん。

多品種製造で多様化するニーズに柔軟に対応
新商品と新店舗で日本の米のおいしさを伝えたい

1パック220gで10食程度つくれ、消費期限が1年と長いのもこの商品の特長。今後は災害に備える備蓄食としてもアピールしていきたいと大熊さんは話します。
「浮羽町は集中豪雨の被害を受けやすい土地柄。自分を含め、ばあちゃんたちの多くは避難所で生活した経験があります。ガスや電気がなくても、このおかゆスープなら水だけで食べられ、栄養が摂れる」と、そこにも大熊さんのやさしい視線が注がれています。

簡便にムリせず食べられて栄養が摂れる食品、そして有事の備蓄食として、まずは介護施設などに紹介していく予定だそうです。

「うきはの宝には76歳から88歳のばあちゃんが働いています。みんなに働くことで生きがいを感じてほしい。そのためにおかゆスープの改良を完了させ、早く生産を軌道に乗せたいですね。このエリアには農家さんがたくさんいますが、高齢化が進んでいます。そんな農家さんがつくる米や野菜を使って商品をつくることでも、高齢者に、そして地元に貢献したいと考えています」